ルーシー・リー展 ―東西をつなぐ優美のうつわ―

東京都庭園美術館で開催中の「ルーシー・リー展」を鑑賞しました。

会場の一部となっている本館は、1933年に建てられた旧朝香宮邸。ルネ・ラリックによるシャンデリアなどが彩る美しいアール・デコ様式の建築で、かつての人々の暮らしの気配が今も残る邸宅空間です。建物そのものに見入ってしまうほどで、落ち着いた空気の中で鑑賞することができました。

この展覧会を訪れるまで、私はルーシー・リー(1902-1995)という陶芸家を深く知りませんでした。オーストリア出身の彼女は、ウィーンでろくろの魅力に目覚めますが、1938年に戦争のためイギリスへの亡命を余儀なくされます。戦後は生活のために陶製のボタンを作り、釉薬の実験を重ねながら、ロンドンで自らの道を切り拓いていきました。

ロンドンへ移住した当初、イギリス陶芸界の巨匠であるバーナード・リーチから作風を酷評され、一時は彼のスタイルに寄せようかと迷い、葛藤した時期もあったそうです。それでも、自分が美しいと信じる作風へと立ち戻り、独自の道を貫きました。ルーシー・リーは、そんなバーナード・リーチとも後に親交を深め、東洋の陶磁に対する理解を深めていきます。

いくつかの作品の前で、しばらく足が止まりました。窓辺から差し込む光を受けて豊かな表情を見せる器。溶岩のような独特の質感と上品な桃色をまとった《溶岩釉鉢》。中でも《青釉鉢》の吸い込まれるような深い青の前では、時間を忘れて見入ってしまいました。

「飾るためではなく、使ってもらうために」

もっとも心に残ったのは、彼女が生涯、自分のうつわを手にした人々に語り続けた「使って」という言葉でした。激動の時代にも、他者からの批判にも流されず、彼女が常に見つめていたのは、日常の暮らしそのもの。その前提で再び作品を見てみると、旧朝香宮邸という生活の場で、うつわたちが今も静かに息づいているような感覚を得ました。

ちなみに、天心館道場(栃木)の近くに益子という焼き物で有名な町があります。ルーシー・リーは益子焼の中興の祖と言われた濱田庄司氏と親交があったようで、身近に感じました。

この展覧会は、東京都庭園美術館(白金台)で9月13日(日)まで開催されています。

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