没後50年 髙島野十郎展

「月ではなく、闇を描きたかった。闇を描くために月を描いた」

渋谷区立松濤美術館で開催中の「没後50年 髙島野十郎展」で出会った言葉です。

松濤美術館は、渋谷の賑やかなエリアから少し離れた閑静な住宅街に佇む、隠れ家のような雰囲気を持つ美術館です。建物自体がアートのようで、落ち着いた空間で鑑賞できます。

この展覧会を訪れるまで、私は髙島野十郎という画家を知りませんでした。

髙島野十郎(1890-1975)は、福岡県出身の洋画家。東京帝国大学(現在の東京大学)農学部水産学科を首席で卒業しながらも独学で絵の道を選んだという経歴に、まず驚かされます。渋谷や青山にアトリエを構えていたそうで、この土地とのゆかりも深い画家とのことでした。

没後50年を記念した今回は、初公開の作品や、野十郎と関わりのあった有名な画家たちの作品、貴重な資料などを含めて約170点が並びます。

ある一枚の静物画の前では、しばらく足が止まりました。忠実な写実というだけでなく、そこに漂う空気や気配までもが描き込まれているようだったからです。野十郎は仏教を心のよりどころにしていたようで、「形あるものの無常さ」を静かに見つめる視点を感じます。

もっとも心に残ったのが、野十郎が生涯にわたって描き続けた「月」の絵でした。冒頭に記した「闇を描くために月を描いた」という言葉を読み、もう一度絵に視線を戻してみると、見え方がガラリと変わります。月の光があるからこそ感じられる、静かで深い闇の広がりが心に染み入るようでした。

特定の美術団体に属さず、流行に流されずに自分の信念を貫いた孤高の画家と言われる一方で、展示されていた手紙などの資料を見ると、絵を贈られた人々によって大切に守られてきた事実が分かります。素朴で温かい交流の数々からも、人間味に溢れる人であったようです。

闇があるからこそ月が際立つように、孤高であったからこそ、その絵はこれほど静かに人の心に届くのかもしれません。

この展覧会は、松濤美術館にて9月6日(日)まで開催されています。

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