身につくプロセス

日本語には「身につく」という言葉があります。知識や技術などが、真に自分のものとなることです。体得する、血肉になる、身体の一部になる、とも言い換えられます。

身につくプロセスにおいて、上手くいくときもあれば、上手くいかないときもあります。そして、上手くいかないことの方が圧倒的に多いはずです。なぜなら、上手くいかない体験を積み重ねて、その経験が結びつくことで上手くいく感覚が養われるからです。

上手くいかない体験がなければ、上手くいくようにはなりません。しかし、人間は本能的に上手くいかないことを不快に感じるので、無意識のうちに避け、ときに現実を見ないために無視すらします。この無意識の心の働きを野放しにすると、何も身につかなくなります。

一般的に、年齢を重ねることによって、この傾向が強くなります。上手くいかないことをネガティブに捉える性格であれば尚さらでしょう。

ふと散歩に出かけて、公園で遊んでいる子どもたちを見かけました。

離れた位置にあるボックスに物を投げ入れる遊びをしていました。どうやら、誰が最初に入れられるかを競っているようです。だいたいの目星で投げるので、始めは全く入らないのですが、どのくらいズレたか学習し、何度も繰り返して見事に入れました。

とにかく楽しそうでした。

子どもたちがゲームに夢中になっているとき、上手くいかない状態であっても、楽しみながら繰り返すことで、みるみる上達していきます。勿論、上手くいかない瞬間は悔しく感じますが、ゲームを楽しんでいるときは、上手くいかないことに前向きなのです。


藤平光一先生が心身統一合氣道の教本を出版したときの話です。内弟子であった私が写真のモデルを務めることになりました。先輩の指導者が剣技を行い、私が杖技を行うことになりました。

撮影前に徹底的に訓練し、それなりの準備をして臨んでいましたが、撮影本番では藤平光一先生から全くOKが出ませんでした。今にして思えば、勢いのある動きをしようと躍起になって力が入ってしまい、氣が滞っていたのでしょう。

藤平光一先生から何度も「違う!もう一回!」とご指導を頂き、3日間の撮影で200回くらいやり直しになったのを覚えています。始めは何を指摘されているかすら理解できませんでした。

ところが、私は思いがけない経験をします。初日、二日目は全く上手くいかない状態で繰り返していましたが、三日目になって感覚が変わり、何となくできる感じがするのです。間もなくOKが出て、そこから撮影はスムーズに進みました。とても不思議な感覚がありました。

「ああ、上手くいかなかった初日と二日目にも意味があったのか」

それまで私は、上手くいく感覚ばかりを追い求めていましたが、上手くいかないときの感覚も大事だと身体で理解できました。それ以来、稽古の取り組み方が変わりました。

このときは楽しいというよりも必死でしたが、心から「できるようになりたい」という思いでいっぱいでした。前向きな気持ちで繰り返したからこそ、得られた感覚でした。


情報社会の現代、失敗しないように何かを行う前に情報を収集します。それ自体は悪いことではないのですが、上手くいかないことを回避し、「正解らしきもの」を得ようとしやすい。

それでは身につくことはありません。上手くいかない感覚を大事にして、何度でも前向きに繰り返せることが、身につくプロセスにおいて最も重要なのです。

人を導く立場にある者は、このことを理解しておく必要があります。指導のあり方が変わります。

タイトルとURLをコピーしました