受身の意味

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心身統一合氣道の稽古では、「受身(うけみ)」を大切にしています。

受身という言葉は、通常は「受身の態度」「受身に回る」のように使われて、「他から働きかけられる立場」といった受動的な意味、あるいは、「先に攻撃を受けて防ぐ立場になる」という守勢を意味しています。

稽古における「受身」は正反対で、能動的で、攻勢を意味しています。

受身とは「自分の身を護ること」であり、投げられた瞬間に態勢を整え、瞬時に次の動きができることを指します。投げられた瞬間は「終わり」ではなく、次の動作の「始まり」なのです。

したがって、心身統一合氣道の稽古においては、投げたから「勝ち」、投げられたから「負け」ではありません。

投げられたことで身体を強く打ち付けたり、痛めてしまったりしたら、次の動きができなくなったり、遅くなったりします。投げられた直後こそ、最大の「隙」になってしまうのです。

投げる側が統一体ならば、投げられる側も統一体でないといけません。相手が無理な投げ方をしたとしても、統一体で受身を取ることによって、力ずくの技は通用しなくなります。

だからこそ、「心身統一合氣道の五原則」に基づき相手を尊重し、導き投げることの意味を理解できるのです。

 心身統一合氣道の五原則

 一、氣が出ている
 二、相手の心を知る
 三、相手の氣を尊ぶ
 四、相手の立場に立つ
 五、率先窮行(そっせんきゅうこう)

今から20年くらい前に、私が定期的に指導していたアスリートの一人に、実績のあるプロボクサーがいました。

プレッシャーがかかる大事な試合でも力を発揮できるようになるために、「臍下の一点」や「氣の呼吸法」を学びに来ていました。

あるとき、私が受身の意味を説明して、実際に目の前でやってみせると、食い入るような目で見入っていました。

ボクシングでは受身を取る機会がないのではと思い、その理由を尋ねたところ、当時の私には予想もしない答えが返ってきました。

「いつもノックダウンできるのが理想ですが、本当に強い相手にはそうはいきません。ダウンを奪われるとき、相手のパンチのダメージもさることながら、倒れたときの衝撃が致命的なので、ダメージを受けない倒れ方を研究したいのです」

倒すことが目標の競技で、倒れ方を研究する視点がとても印象的でした。その後、この選手は無意識で出来るようになるまで受身を錬って、「確かなもの」を会得したようでした。

日常においても同じことです。

人生はいつも順調なわけではなく、失敗して、倒れてしまうときだってあります。そのとき「どのように倒れるか」が大事です。

受身は心の強さに直結します。

本当の強さとは、絶対に倒れないことでなく、たとえ倒れたとしても、瞬時に態勢を整えて次の行動ができることだからです。倒れたところが、人生の終わりではないのですから。

受身は、順境ではなく、逆境に直面したときにこそ真価を発揮します。

投げることだけでなく、受身も大事な稽古なのです。

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