「氣を出す」とは何か(1)

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「氣を出す」とは何か。

氣が滞ると、心を自在に使うことが出来なくなります。このとき、氣を出すことによって、氣の滞りが解消されます。氣を出すことによって、新たな氣が入ってくるからです。

このことは、「渋滞」の持つ性質ととても良く似ていることが、新刊での西成活裕先生との対談で分かりました。氣も流れである以上、流れには渋滞が起こりうるということです。

私は2歳くらいから心身統一合氣道の稽古をしていますが、子供の頃は、氣を出すことが良く分かりませんでした。「何を」「どうする」ことなのか具体的でなかったのです。

その頃、こんな出来事がありました。当時、有段者を目指して熱心に稽古なさっていた方がいました。

不運なことに、この方は交通事故に遭い、大きな怪我を負って、ほとんど動けない状態になってしまいました。当時の医療では、元通りに回復する見込みはなかったのです。

周囲の人たちが「もう稽古は出来ないだろう」と感じていた中、しばらくして、付き添いの方と共にご本人が道場に来られました。予定していた審査を受けさせて欲しい、と言われるのです。

技は全く出来ませんが、号令や氣合いならばかけられるとのこと。

当時の指導者たちは困惑して、この方だけ特別扱いは出来ないと、申し出を断るべきではないかと話し合っていました。藤平光一先生がこの話を耳にしたのは、ちょうどそのときでした。

事情を聴いた藤平光一先生は指導者たちを集めて一喝しました。

「お前たちは日頃、いったい何を教えているのか。この方は、事故によって技の動きは全く出来なくなってしまった。しかし、出来ないことに絶望するのではなく、出来ることを探し、それに全力を尽くそうとしている。これを、氣を出すというのだ。よく覚えておけ!」

審査を受験したこの方は、見事な号令をかけていました。

審査に立ち会った藤平光一先生はにっこりと「合格です」と言われ、氣を出すことを実践するこの方に最大の賛辞を送りました。それに対して、この方は「これからも氣を出していきます」と応え、その眼から大粒の涙がこぼれていました。

心身統一合氣道は「氣を出す」ことを目的に稽古をしています。当時も私は知識としては教えられていましたが、この出来事を通じて、「氣を出す」とは何かを学びました。

ときに、私たちは逆境に直面します。そんなときは、周囲は「出来ない」ことでいっぱいになっています。

そこで、出来ないことにとらわれて腐ってしまうのか、出来ることを探して、それに全力を尽くすかでは、人生は大きく変わることでしょう。たいへんなときだからこそ、「氣を出す」ことが必要なのです。

このことはその後、私が指導者になってから深く学ぶことになります。

次回に続きます。

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