誦句集「座右の銘」

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心身統一合氣道では、稽古の始めに全員で「誦句集(しょうくしゅう)」を唱和します。心身統一合氣道の創始者である藤平光一先生が、心身統一合氣道の重要な教えを22の項目にまとめたものです。

その中でも最初の「座右の銘」は、心身統一合氣道を学ぶ者にとって、修行の目的が明確に記された最も重要な内容です。多くの皆さんから質問を受けることから、ここで解説したいと思います。

「座右の銘」の全文は下記の通りです。

一、座右の銘

万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、我が心としよう。心身を統一し、天地と一体となる事が我が修行の眼目である。

心身統一の四大原則
一、臍下の一点に心をしずめ統一する。
二、全身の力を完全に抜く。
三、身体の総ての部分の重みを、その最下部におく。
四、氣を出す。

座右の銘は、「万有を愛護し」から「眼目である」までの前半と、「心身統一の四大原則」以降の後半から成り立っています。前半部分には「何をすべきか(what to do)」が記されていて、後半部分には「どう実行するか(how to do)」が記されています。

それでは一文ずつ解説して参ります。

万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、我が心としよう。

天地の心の「心」とは、この場合は「性質」を表しています。「天地」とは、今の言葉に置き換えれば「大自然」を指します。平易に説けば、天地の心とは「大自然の性質」といえます。

大自然の性質そのものに、「プラス」も「マイナス」もありません。生命が始まるのも、生命が終わるのも、同じく大自然の性質です。私たちは、その大自然の性質に身を委ねています。

他方で、私たちの心には「プラス」と「マイナス」があります。大自然の性質を受け入れて、プラスに活かすことが出来ます。

プラスに向かうのか、マイナスに向かうのかは最も重要な選択です。

プラスの人生を望むのならば、プラスに向かうことが自然であり、マイナスに向かうことは不自然です。それはちょうど、北に行きたいならば北に向かって歩むことと同じです。北に行きたいのに南に向かったら到達できません。

「万有を愛護し、万物を育成する」大自然の性質をプラスに活かして、自らの心のあり方としよう、ということです。

 さて、「万有を愛護する」について、もう少し補足したいと思います。

「万有」と「万物」の意味は、現代の国語辞典で調べるとどちらも、「宇宙に存在する総てのもの」とあり、違いが良く分かりません。誦句集では、「万物」とは「宇宙に存在する総てのもの」、「万有」とは「総てのものが持つ性質」を指しています。

「万有を愛護する」とは、それぞれが持つ性質を良くみることです。

私たちが人をみるとき、「長所」「短所」という言葉を用いますが、それはその人の性質を周囲が主観的に判断したもので、実際に「長所」「短所」という性質があるわけではありません。事実、長所と短所は表裏一体で、ちょっとしたきっかけで、短所が長所に変わります。

ある子供クラスでの出来事。

小学校高学年の男の子は、稽古中にとても大きな声を出します。一緒に稽古する子供たちは、その子のことをうるさく感じたり、怖がったりしていました。若手の指導者が「うるさいから静かにしなさい」と注意すると、その子はふてくされ、さらに大きな声で周囲に迷惑をかけます。

そんなときに先輩の指導者がやって来ました。

事の詳細を聞いた先輩の指導者は、男の子のところに行って、稽古する様子をしばらく見守っていました。稽古後、先輩の指導者は男の子のところに歩み寄り、「君は声が大きいね!すごいね!」と声をかけました。てっきり怒られると思っていた男の子はキョトンとしています。

先輩の指導者はこう続けます。

「それだけすごい声なのだから、体操の号令をかけてみようか」。やる氣になった男の子が号令をかけると、道場の隅々まで声が響き渡ります。一緒に稽古していた子供たちも「すごい!」と賞賛しました。これをきっかけに男の子は無駄に大声を出さなくなりました。

「声が大きい」というのはそのお子さんが持つ「性質」です。その性質が不適切な場面や方法で発現すれば、「短所」になってしまいます。適切な場面や方法で発現すれば、「長所」にもなりうるわけです。

声が大きいという性質に「短所」というラベルを貼ってしまっては、もう、そのお子さんをプラスに導くことは出来ません。性質を否定することは、存在を否定することと同じだからです。若手の指導者は、このやり取りから大切なことを学んだようでした。

人をより良く導くためには「万有愛護」の心が不可欠なのです。

次回に続きます。

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