読めるのに、書けない

先日、ある講演でホワイトボードに向かい、漢字を書こうとしたときのことです。

頭ではその文字を認識しているはずなのに、手元のマーカーがまったく動きません。読めるのに書けない――いわゆる「漢字健忘」です。誰もが一度は経験があるのではないでしょうか。

スマートフォン主体で手書きの機会が減ったことが直接の原因ですが、視点を変えると、ここには「インプットとアウトプットのバランスの崩れ」という本質的な問題が潜んでいます。

2008年に米科学誌『Science』で発表された研究論文があります。

簡潔に説明しますと、単語の学習において、覚えた後に「繰り返し読み直す学習」を続けたグループと、「テスト形式で思い出す学習」を続けたグループを比較したところ、1週間後の記憶の定着率は前者が約35%、後者が約80%という大きな差になりました。

人の脳は、テキストを読んだり動画を見たりする「入力(インプット)」だけでなく、入力したものを思い出そうと「出力(アウトプット)」を伴うことで、最も強く記憶を定着させます。しかし、現代の私たちは、圧倒的にインプットに偏った生活を送っています。


インプットだけで終わる学習を、私は「頭の理解」と呼んでいます。

昨今は動画で情報を得ることが主流になり、文章だけでは分かりにくい内容も手軽に理解できるようになりました。タイムパフォーマンスが良いと感じる人も多いでしょう。しかし、ここには大きな「落とし穴」があります。

映像を見るという行為は、ときに「自分が体験したかのような錯覚」を生み出します。分かった気になって満足し、自らアウトプットをする機会を失ってしまうのです。

受動的に情報を得ているときは、特に注意が必要です。インプットのみに偏り、「頭の理解」で満足している可能性が高いからです。実際にはアウトプットができない(身についていない)のであれば、定着を目的とする限り、「最も悪いタイムパフォーマンス」と言えます。

アウトプットには、必ず「負荷」が伴います。学んだことを自分の頭で整理し、言葉や動きとしてまとめるプロセスには、相応のエネルギーが必要だからです。

現代における「タイムパフォーマンス」は、いつの間にか「どれだけ楽ができるか」の物差しになりつつあり、負荷を避けて楽をした結果、私たちは知らず知らずのうちに自らの力を弱めているのではないでしょうか。


当然のことながら、心身統一合氣道の稽古でも、身体を通じたアウトプットが不可欠です。

先ほどの実験は記憶の定着率に関するものでしたが、私の指導経験においても、実際の稽古で技を身につけるには、インプットよりアウトプットの時間を圧倒的に多く必要とします。

一例をあげれば、インプットとは「新たな知識を得て、動きを覚えること」。そしてアウトプットとは「覚えた動きを反復し、誰かに伝えてみること」です。

稽古では当たり前のように行っているこの循環が、いつの間にか日常で崩れ始め、その表れの一つが「漢字健忘」になったのだと自覚しました。

藤平光一先生は、「分かるということは、できるということ」と説かれました。単なる「頭の理解」で終わりにせず、体現できることを「分かる」の基準としました。

手軽な情報に溢れる今だからこそ、自分自身のインプットとアウトプットのバランスを見直し、真に「身につく」歩みを始めてみませんか。

タイトルとURLをコピーしました