藤平信一です。
大学の一般教養の授業で学生と関わるようになって20年になります。10年前、もしくは20年前の学生と、現在の学生を比べてみると、確かに、感じ方・捉え方・考え方には変化があるように感じます。
ただ、良く言われる「昔の学生と比べて今の学生は」などといった、今の学生だけが悪いという考えを私は持っていません。昔の学生が今の学生より優れていたこともあり、その逆もあります。
大事なことは、性質の変化を正しく認識することだと考えています。それによって適切に導いていくことが出来ます。
この何年かの変化として、「自分の想定しないこと」が起こったとき、固まってしまう学生が増えているように感じます。
特に、注意を受けたり、指摘を受けたり、叱責を受けたりすると、固まってしまい何も反応出来なくなってしまいます。自分に非があるのが分かっていても、謝罪の言葉も出て来ません。
多くの場合、どう答えて良いか分からないために固まってしまい、それが相手には「煮え切らない態度」「反抗的な態度」に映るので、相手をイライラさせて状況を悪化させています。
固まる原因は様々ですが、病氣や過去のトラウマ等でない限りは、想定外のことに接して「氣」が滞ることが原因です。そして、それは日々の稽古によって解決することが出来ます。
心身統一合氣道の稽古で例えれば、相手が突然かかって来たとき、どう動けば良いかを考えて、固まってしまうのと同じことです。今まさに、かかって来る相手に「待った!」は通用しません。何らかの対応をしなければ身を守ることは出来ません。
相手がこうかかって来たら、こう投げようという想定があると、相手が自分の想定外の動きをすると全く反応出来なくなります。
また、相手がかかって来たとき、どの技で投げようかと考えても、全く反応が出来なくなります。
どちらも「氣」が滞ってしまうのです。
心を静め、視野を広く持ち、相手の状態を感じ取ることで、氣を滞らせることなく適切に動くことが出来ます。
何かあるたびに固まってしまうお子さんであっても、稽古によって訓練することが出来ます。非常時にお子さんが自分の身を守る上でも、最も重要なことです。
話をコミュニケーションに戻しましょう。
想定外のことが生じると固まってしまう原因の一つには、「自分がどのように対応したら良いのか」を考えることにあります。どのように対応するのが正解か、を頭で考え始めてしまうのです。その瞬間に「氣」が滞ります。
「怒られたくない」「恥をかきたくない」という思いが強すぎると、固まる傾向が強くなるようです。
これは考え方を変えるだけでは解決せず、実際に身体を使って、「氣」が滞らないように訓練することが不可欠です。
道場の稽古で固まらないことを会得したら、今度は日常で、コミュニケーションにおいて同じことを訓練します。
相手が何かアクションを起こしているのに、無反応な人がいますが、この習慣はいざというときに固まってしまうことに繋がっています。
レスポンスをしない人、自分のタイミングでしかレスポンスしない人、「はい」という返事しかしない人などは要注意です。
「固まらない」ことは、私たちの稽古における重要なテーマの一つです。是非、日々の稽古で磨いて頂きたいと思います。